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第5話 彼は太陽のような存在

Author: るるね
last update publish date: 2026-02-07 22:05:18

 鷹宮は総合企画と戦略コンサルティングを手がける会社を率いている。

 企業のブランド再構築や、新規事業・商品企画を中心業務とするその会社は、もともと彼の父親の代によって設立されたものだった。

 だが、経営がうまくいかず倒産寸前まで追い込まれた会社を、当時まだ大学生だった鷹宮が引き継ぎ、数年の歳月と心血を注ぎ込むことで、ようやく立て直すことができたのだった。

 現在の規模まで会社を育て上げた彼は、代表として自分の時間も体力もすべて仕事に捧げており、私的なことに使う余裕など一切持ち合わせていない。

 陽菜が鷹宮と再会した後も、彼には言っていないし、鷹宮自身もまったく覚えていないことがあった。

 それは大学三年の夏休み、陽菜が鷹宮の会社で二ヶ月間インターンをしていたということ。

 その実績が認められ、内定直前の最終面接に進む権利まで得ていたのだ。

 ――もし、あの時、彼の婚約の噂を耳にして勝手に失恋し、傷ついたまま面接を辞退するなんてことをしなければ。

 今なら、もうそんな愚かなことはしない。

 ずっと昔に、自分の中のちっぽけな片想いは、こっそりと……鷹宮を見つめていた思い出の中に、きちんと葬ったのだから。

 午後、今日の掃除を終えた陽菜は、外出して弁護士と会うために出かけた。

 立花法律事務所はここから電車で二駅ほどの場所にあり、駅からさらに十分以上歩いた先にある、ごく普通のビジネスビルの中にあった。

 予定より少し早く着いたため、数平米しかない狭い待合室でしばらく待っていると、立花翔人たちばなかけるが息を切らしながら駆け込んできた。

 額にはうっすらと汗が滲んでおり、明らかに急いできた様子だった。

 「遅れてすまん」

 「立花先生、私のほうが早く着きすぎただけなので……すみません」

 陽菜はすぐに立ち上がったが、立花は手を振ってそれを制止した。

 「“先生”はやめてくれよ、なんか堅苦しいし」

 立花と陽菜は同じ大学の出身で、学園祭の実行委員の活動を通じて知り合った。立花は陽菜より二学年上で、学園祭では学生側の責任者を務めていた。

 当時から法学部で成績優秀だった彼は、卒業時に代表としてスピーチを任されるほどの人物で、卒業後は大手の法律事務所に勤め、五年後には自分の事務所を構えるに至った。

 「じゃあ……立花先輩」

 陽菜が呼び方を改めると、立花は昔と変わらない柔らかな笑顔を浮かべ、まずは彼女の近況を気遣う言葉をかけてくれた。

 「住む場所、もう見つけた? 住所が分からなかったから、いくつかの書類を送れずにいてさ」

 「あっ……一応、今はあります。でも、あまり郵便を受け取れる環境ではないかも」

 「わかった。じゃあ新しい資料や連絡事項があれば、こっちで預かっておくよ」

 私生活には深入りせず、必要以上のことを聞かない立花の態度に、陽菜はひそかに安堵した。

 「先輩……今の状況は……」

 「そうだね……藤野、お父さんはやっぱりまだ来られそうにない?」

 「はい。裁判所からの通知を受け取った直後に入院してしまって。もともと心臓があまり良くなくて……だから……」

 「大丈夫、ご本人が来られなくても手続きは進められる。ただ、今回の件は少し厄介でね。俺はご家族が巻き込まれるようなことじゃないと信じてるけど、相手方が提示してる証拠がかなり揃ってるし。検察に呼び出される可能性もあるから、心構えだけはしておいて」

 二ヶ月前、陽菜の父が経営する会社にて、内部の人間から「資金の私的流用」があったと告発され、調査が始まった。

 告発したのは長年勤めてきた社員の一人で、父とも親しい関係にあった人物だった。

 それだけに、なぜ裏切るような行動に出たのかが分からず、さらに悪いことに、父の個人口座には過去数年にわたり会社の帳簿と一致する大口の入金が複数あった。

 幸い、陽菜の実家の会社は規模が小さく、全体の社員数も十人に満たない。問題となった金額も巨額とは言えず、今のところ刑事事件には至っていない。

 けれど、父は高齢で、信頼していた部下からの裏切りに加え、事件そのもののショックで倒れてしまい、そのまま入院。

 母も泣いてばかりで精神的に不安定になり、家の名義不動産も仮差押えされてしまった。

 そのせいで陽菜は一夜にして住まいを失い、立て続けのトラブルによって心身のバランスを崩してしまい、勤務していた前の会社でも重大なミスを犯し、解雇された。

 悪いことが一気に押し寄せるように重なり、陽菜はもう立っていられないほどに追い詰められていた。

 そんな絶望の中――

 

 鷹宮が、まるで王子様のように再び陽菜の前に現れた。

 あまりにもドラマのような展開で、今でも信じられないほどの幸運だった。

 道端で膝を抱えて泣いていた陽菜を見つけ、高校の同級生だと知ると、鷹宮は過去を詮索することもなく、雇用契約というかたちで、住まいと生活の場を与えてくれた。

 まるでヒーローのようだった。

 恩人であり、陽菜にとっては、決して手の届かない太陽のような存在。

 だからこそ、陽菜は感謝以上の気持ちを抱いてはいけない。

 彼に何かを望む資格なんて、自分にはないのだから。

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